マビノギ的な内容の小説を書いてるかもよ。 マビノギ知らない人も楽しめるように書きたいのかもよ。

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stage2-22 獣達

「いくよ」
23時59分、バリダンジョンロビーに声が響く。
エイジが祭壇に乗り言ったものだ。
オオガキとアークズも続けて乗り込み、それを見たエイジが再び口を開く。
「ここから先は未知の領域だ。そして恐らく死地になるだろう。俺は別行動をとるから関係ないけど、二人ともお互い助け合う、という考えならやめた方がいい」
それに対しアークズが言う。
「無論そんな考えはないぞ。俺は目に入る敵を叩き潰すだけだ。背中は任せる」
オオガキも、当然だという顔で、
「あたりめーよ。どんだけやられても俺の敵は俺の獲物だ、立ち上がってぶちのめすから邪魔すんじゃねーぞ」
「ふ…了解、お前もな」
エイジは頷いて、
「無駄な心配だったか。…さ、行こう」

0時の鐘が響く。
バリダンジョンの上に丁度鐘があるので、ロビーには音がよく響いた。
ごぅん、ごぅん、という音が二度響き、三度目が響こうという時、通行証は落とされた。
鐘の音は遠のき、刹那の間、無音の世界が訪れる。
そして三人は『あの世』へ降り立った。



『来たわね』
タスクの脳内に、エリーゼの声が響く。
「0時ジャスト、やはり計画的犯行だったか?迎撃の用意とそちらの状況を教えてくれ」
『敵は三人、人間二人にジャイアントが一人ね。場所は中央広場、私の魔族で既に包囲してるわ。で、私は遠くから高みの見物。報告はこのくらいでいいかしら?』
「了解した。苦戦するようなら伝えてくれ、私も向かおう」
『はいはーい』
頭の中からエリーゼの気配が消えると同時、タスクは席を立った。



「さぁて、久々の獲物ちゃん達は楽しませてくれるのかしら?」
エリーゼが一人、楽しそうに言う。
彼女は広場から数キロ離れた位置にいて、到底オオガキ達からは視認出来ない。
エリーゼのいる場所は木の上なので、尚更見つけるのは困難だろう。
そして、エリーゼは超人的な視力をもって、数キロ先の広場の様子を見ることが出来た。
位置的にも遮るものはなく、オオガキ達が手の内を晒せば全て丸見えとなる。
「お手並み拝見だよ…っと」




刹那の暗闇の後、目を開けたオオガキ達の前に広がったのは、荒廃した村だった。
「気付いてる?」
エイジが二人に問う。
オオガキとアークズはそれぞれ武器を構えて応える。
「囲まれてるな…2…3体か…?」
オオガキが言うが、アークズが否定した。
「4体いるな。この周辺に隠れて3体、遠くに1体潜んでる」
それを聞いたエイジは、
「正解。遠くのは俺がやるから、こっちは任せた。そのまま俺は別行動だから待たなくていいよ。じゃ」
言うなり、答えも待たずエイジは駆け出した。



三体の隠れているのとは逆方向、かなり離れた距離に敵はいる。
エイジは、それに向かって駆けていた。
腕利きのスナイパーか、もしくは高みの見物を決め込むつもりの指揮官か。
これだけの距離を届く魔法はそうそうない為、そのどちらかに状況を限定する。
わざわざ三体と逆の方向に潜んでいるのだから、見つかるのは想定外ということだろう。
向こうからエイジが走るのが丸見えだとしても、これはチャンスだ。
どちらにせよ相手は想定外の戦闘に応じなければならなくなる。

茂みの前で、エイジは足を止めた。
殺気まみれ視線を感じたのは、この辺りから。
しかし、この茂みの中からではオオガキ達の戦闘が見えない。ゆえに、
「上か」
小声で呟き、エイジは武器を広げた。
両の手の指から伸びる十本のワイヤーは、他の枝に絡まりもせずに一本の木を取り囲む。
(狙撃にしろ観察にしろ、ここの上がベスト…何故攻撃してこないのかは気になるが…)
そんなこと、殺してしまえば関係ない。
エイジが腕を握りしめ胸の前でクロスさせると、木は一瞬にして、みじん切りにされた野菜のように崩れ落ちた。
細切れの木々は他の枝や葉に引っかかり、少しの束だけが音もたてずに地に落ちた。
そして、エイジの上空から血が降り注いでくる。

あまりにもあっけなく、この世界での初戦が終わった。



オオガキ、アークズの前に現れたのは、二つの巨体だった。
狼男と形容するのが近いだろうか、人間のような立ち振る舞いで歩いているが、その肉体は紛れもなく獣だ。
頭は完全にオオカミのそれであり、髪の毛らしきものがそこから垂れ下がっている。
ジャイアントであるアークズと並ぶほどの巨体。
その両手両足から伸びる爪は長く太く、人の身体など簡単に引き割けるだろう。
敵は二体。髪の色が青と赤の二体だ。
それ以外に特に違いは見つけられなかったので、アークズは自分の獲物を近くにいた方に決めた。
「俺が赤いのをやる。青いのは任せた」
「あいよ」
オオガキも自分の近くにいた方をやるつもりだったのか、必然的に狙いが別れ、ーー戦闘が開始した。



アークズと赤髪の獣が対峙する。
「お前の目…気に入った」
いきなり聞こえて来た人語は明らかに獣の口から発せられたもので、アークズは驚いた。
「…人語が理解できるのか。下級魔族かと思っていたが…思い改めよう」
アークズが油断を振り払い、殺気を漲らせた。
「いい殺気だ…。貴様のような猛者と闘えること、光栄である」
魔族らしからぬ正々堂々とした物言いに、アークズはまたも驚かされる。
「あんたみたいな武士道精神溢れる魔族もいるもんなんだな。だからといって手加減はしないが…。いや、んなことは求めてないか」
「その通り。全力での死合を…。いざ」
「尋常に勝負!ってなぁ!」
ジャイアントと獣が同時に駆ける。
そしてコンマ数秒後に、激突。
するかに思われたが、アークズは獣の爪を躱し、
「実力は大したことなさそうだなぁ!」
懐へと潜り込み、脇腹へ拳を叩き込んだ。
獣はジャイアントの拳をモロに受けて、数メートル後ろへ飛ばされ、着地も少し地面を滑った後に静止した。
「手応えあり…あっけないもんだ」



アークズが赤髪の獣と対峙する中、そこから数メートルの間をおいて、オオガキと青髪の獣は向き合っていた。
こちらは、赤髪のとは違い、何も言わずにーー、
「ッ…とぉ」
オオガキへと、突進攻撃を仕掛けてきた。
それを、後ろに飛ぶことによって躱す。
オオガキはバランスを崩さず着地し、そのまま地を蹴り、隙の出来た相手へ片手剣の斬撃を叩き込む…!
しかしその剣は、獣の爪によって弾かれた。
オオガキの片手剣、『グラディウス』は、市販品の片手武器の中では上位の攻撃力を誇っている。
重さも斬れ味も相当な業物。それが弾かれたとなると…、
(厄介な爪だぜ…)
本当に厄介だ。
片手剣と打ちあえるほどの爪、身体に受ければ大ダメージになるだろう。
それが相手の両手両足にあるのだ、出来れば近距離では戦いたくない。
しかし、オオガキは遠距離での決定打を持っていない。
リーチの長い両手剣は持ってきてこそいるが、素早い相手とのタイマン勝負には向かない。
(仕方ねー)
オオガキは覚悟を決めて、グラディウスを構える。今まで持っていた一本に加え、腰にさしたままだったもう一本も手に取り、二刀流として相手を迎え撃つ構えをとる。
(集中しろ…)
オオガキは、己に言い聞かせた。
決して勝てない相手ではない。
集中し敵の動きを見て、躱し、斬る。
それだけだ。それだけでいい。
(他に何も考えるな。目の前の敵だけを見ろ)
意識が研ぎ澄まされ、自分と相手以外のモノがオオガキの視界から消えて行く。
見つめる視線の先、獣は再び動き出した。



バンッと、地面の弾けるような音とともに、あかかの獣は飛び起きた。
「…モロに脇腹に入ったはずだけどな…どういうこった」
アークズがさっきの手応えを思い、起き上がれたことに疑問を抱く。
「私に…」
私、という一人称は見た目と真逆な気がするが、言葉は獣のものだった。
「…打撃は通用しない」
「へえ…」
打撃は通用しない、という獣の言葉に、アークズはニヤリとほくそ笑んだ。
打撃は、彼一番の戦闘法だ。
クロー型のナックルも持っているし、それを使えば斬撃も可能である。
しかし、獣の言葉がアークズにその気をなくさせた。
「それだけの自信…テメーを打撃で倒せれば、他の奴にも打撃は通じるってことだよなあ」
「然り。しかし私は、倒れない」
「上等ォ!」
アークズが疾走する。

獣の名は、ライカンスロープ。
エリンにおいて滅多に見ることはないモンスターで、打撃はほぼ無力化される体質、もはや能力と言い換えてもいいだろう。

それに対しアークズは、打撃のみでの戦闘を心に決めた。
(やはり隙がでかい…懐にはいるの容易すぎるぜ…)
再び獣を射程内に捉えたアークズは、渾身の連打を、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
叩き込んだ。
しかし、
「無駄…、無駄だ」
今度は吹き飛ばずに堪えた獣の、反撃の爪を食らうことになる。
「ッ…!」
頭部狙いで振り下ろされた爪を、頭をそらして何とか回避する。
が、真上から降ろされた爪は、頭で躱したところで身体へと直撃することとなった。

腰を捻って回避しようとするが、間に合わないーー!

次の瞬間、ギャリィィィッと、金属同士のこすれるような音が響く。
「鎧、か」
赤髪のライカンスロープが呟く。
アークズの水色のローブを引き裂くと、中から現れたのは漆黒の鎧であった。
「…くっそー。一体目から手の内を晒しちまうとは」
これから何度の戦闘があるかわからない中、自分の手の内は少しでも隠しておいた方がいい。
だから鎧はローブで隠していたし、今も『ただの』打撃技しか使っていない。
離れた位置に敵がいた、という事実がある以上、敵も馬鹿ではないということだ。
それをエイジが倒したとしても、他にどこから見られているかわからない。
手の内はなるべく晒したくないのだ。
しかし効かない。ただの打撃では倒せない。
「刀剣は持たぬか」
ライカンスロープが言う。
「それじゃあ勝ったことにならねーだろうよ、相手の得意分野でぶちのめしてこそ、勝利の酒が美味いんだぜ」
ジャイアントは戦闘種族だ。
ただの勝ちで、アークズのことを満たすことはできないのだろう。
アークズは再びナックルを構えて、相手に問いを投げた。
「お前、一番硬いのはどこだ」
獣は問いの意図を理解したのか、トントンと、自らの腹筋を叩いて言った。
「砕けぬよ」
「いいや、砕くぜ。宣言する、テメーはそこをぶち抜いて倒す!」
獣の腹筋を指してアークズは宣言した。



オオガキは、青髪のライカンスロープと斬り合っていた。
いや、斬り合うという表現は正しくない。
斬られているのは、ライカンスロープの方だけだ。
オオガキは赤いローブを翻しながら相手の攻撃を躱し、隙を的確に突いて相手の傷を増やして行く。
獣は腕、脚、頭も使い攻撃を試みるが、全てオオガキに躱され、躱される度に傷を負っていた。
決め手になるような大きなダメージはない、しかし、斬られた部分から血液が流れ出て、このまま行けば倒れるのは獣の方だろう。

(勝てる…でも油断はするなよ俺…相手の関節の稼働域を考えろ…)
オオガキは思いつつも、相手の手脚を観察し攻撃を躱す。
オオガキがダメージを受けていない理由は、この戦い方にあった。
相手の手脚の長さ、そして身体の構造上動けない角度。
それを把握し、相手の射程内へと踏み込む。
射程内といっても、相手の行動が限られる位置に、である。
行動がある程度限られていれば、いくら相手が速くても回避するのは容易い。
しかしこの方法だと、相手が両手両足を使い迎撃できる懐までは入り込めない故に、決定打に欠ける。
が、それは些細なこと。決定打などなくても、こちらが倒れすらしなければ相手は失血死するのだから。
更にオオガキに有利なことに、ライカンスロープは、ジャイアントであるアークズと同じような体長だ。
(この数週間の組手の賜物だな…)
それを差し引いても、オオガキは自分の集中力と動きに感心していた。
(これなら…勝てる…!)

次の瞬間、ライカンスロープの右腕が、オオガキの顔目掛けて横殴りで迫ってきた。
(ここは一歩引いて腕を切りつけ…ッ!?)
突如、オオガキの視界が赤く染まる。
ライカンスロープの振られた腕から勢いよく出た血が、オオガキの目にかかったのだ。
組み手ではあり得ない、実戦ならではの応用。
オオガキは予想すらできず、思い切り直撃した。
「くっ…そッ」
突然の出来事に、思わず反撃も忘れて飛び退く。
それによって相手の爪は回避できたが、この好機を見逃すような甘い敵ではない。
ローブの袖でオオガキが目をこすると、赤くぼやけた視界が広がる。
そしてその中央には、突進してくる青髪の獣。
ぼやける視界で、突進から突き出された爪を弾く。
しかし右手左手と、相手は怒涛のラッシュを叩き込もうとしてくる。
それを何とか、薄目を開けて凌ぎながら、オオガキは賭けに出ることを決意する。



ぐるんぐるんと、アークズは右腕を回していた。
「どうした、かかってこないのかよ?」
回しながら言う。
ライカンスロープはそれを見るだけで、動こうとはせずに言った。
「一撃。入れさせてやろう」
「…なめてんのか?」
ナメている。誰がどう聞いてもそう思うだろう。
しかし、ライカンスロープの言葉は驕りから発せられたものではない。
彼にも、目的があった。
ライカンスロープが、ちらりと遠くの森を見る。
遠すぎて人の目では見えないような小さな点だが、そこには少女がいた。
こっちを見やり、合図を送っている。
『続行』の合図だ。
それを、見たライカンスロープは、更にアークズを煽った。
「貴様程度の拳では、何度やろうと…」
「いいぜ…わかった。黙ってな。死んでも文句いうなよ」
アークズも、そこまで言われて下がるわけには行かない。
正々堂々と勝負、とまで言った戦いで、言わせた相手にナメられたと思い、アークズは憤っていた。

アークズが射程内に歩きで入ってきても、ライカンスロープは動かない。
いつでも打って来いと言わんばかりに立っているだけだ。
「その自信に敬意を表してよォー、俺も本気のをぶち込んでやるぜ…」
アークズが構える。
そして思い切り踏み込み、全身の捻りを加えての右ストレートを放つ。

これならば耐えられる。ライカンスロープは放たれる拳を見ながら、確かにそう思った。
次の瞬間、アークズの拳に、一瞬だけ火が着いたような錯覚を覚える。
実際には錯覚ではなく、アークズはそういう戦闘方法を使うのだが、ライカンスロープにそれを確認する時間はもうなく。
アークズの拳は、獣の腹を貫いた。



青髪の獣の猛攻の中、オオガキは何とか、剣技を駆使して耐えていた。
視界は相変わらずぼやけている。
このまま行けば相手の失血による昏倒が先か、オオガキが致命傷を負うのが先かわからない。
(やっぱり実戦は訓練とは違ぇなあ…)
オオガキはそれを痛いほど実感していた。
実際の戦場は、安全策で勝てるほど甘くない。
ならば、
(賭けだぜ…お前の攻撃と…俺のファイナルヒット…どっちが速いか…)
本当はこんなところでは見せたくない技だったが、その甘い考え方が相手の目潰しを許してしまったのだ。
これ以上油断はしない。
だが、偵察しているであろう敵兵にも、技の全容は悟らせない。
一瞬だ。懐に入る一瞬だけ発動する。
オオガキは、相手の次の攻撃を思い切り弾いてから発動する、と考えたが、思いとどまった。
その方が相手の隙は大きくなり成功率は上がるだろう。
だが、これまでと違う動きをすれば、偵察兵も注意して次の行動を見るはずだ。
(いままで通りの弾き方で、わずかな隙を縫うしかないか)
三発目。それを弾いたら突撃する。
オオガキは覚悟を決め、まず来る一発目、相手が右手で斜めに振り下ろして来る爪を、左の剣で弾く。
そして二発目、左手で横薙ぎに払われる爪を、今度は下へと叩き落す。
(これは…チャンス…!)
この二発で相手は別方向へ腕を払われて、大きくバランスを崩した。
まだ予定の三発目ではないが、ここは、
(行くしかねー!)
オオガキが予定を早めて、ファイナルヒットを発動する。
一瞬。本当に一瞬でオオガキは地を蹴り、ライカンスロープの顔面目掛けて跳躍した。
そしてファイナルヒットは解除し、攻撃をーー、
「うぐッ」
膝蹴り。体制を大きく崩したライカンスロープは、転倒するのも構わずに脚をあげ、膝蹴りをしてきたのだ。
空中にいるオオガキはよけきれずに、それを腹で受けた。
だが…、
「浅い…ぜえええッ」
耐え、攻撃を開始する。
「目だ!耳だ!鼻!」
オオガキは叫びながら、倒れゆく獣の顔を、叫んだ通りの順に斬る。
そして倒れた相手が悶える暇も与えず、首へと剣を投げつけた後、自らも空中でバランスを失い、地に落ちた。
息切れしながら立ち上がり、相手の方を見やる。
これで生きていたりしたら、剣も一本投げたし大ピンチなのだが、流石の魔族これ以上動きはしなかった。
「ふう…得るものの多い戦いだった…」
オオガキは呼吸を整えて、久々の実戦の余韻にしばし身をおいた。



「よう」
アークズが、吹き飛んだ相手のもとに歩み寄り、横たわる獣の顔を覗き込む。
「…おいおいマジか、まだ生きてるのか」
獣は動きこそしないが、確かに呼吸をし、生きていた。
「内臓ぶっとんでんのに、どういうことだよ…」
アークズが驚きを通り越してその生命力に呆れていると、獣は口を開いた。
呼吸どころか、意識も健在らしい。
「我々…人間の分類ではライカンスロープと呼ぶらしいが…我々は頭、もしくは首を損傷させて脳の伝達を経たない限り、死にはせん」
見ての通り、ここまでされれば動けもせんがな、とライカンスロープは付け足した。
「私はもう動けん。とどめを刺せ、貴様の勝ちだ」
「…」
アークズはしばらく沈黙して、
「トドメを刺せっつった奴はよー、大抵の場合見逃されて生き延びるんだよなあー」
「…人間とはわからんものだ。人を真似し知性を得た私のような存在では、到底底が理解できぬ」
ライカンスロープの失笑をよそアークズは言う。
「だがタダで見逃してやるってワケじゃねーぜ、取引だ。まず一つ。お前戦闘中に俺の後ろをチラチラ見てやがったな。合図を送ってたのは誰だ」
ライカンスロープは、気づいていたのか、と意外に思いながら、
「言えんな。私はただの兵だ。仲間は売らぬ」
「仲間?仲間ねえ。お前捨て駒にされたんじゃあねーのか?」
「然り。しかし私の犠牲によって貴様の技は一つ漏れた。無駄ではない」
「…お前の知性は、仲間意識もねえ上の連中に捨て駒にされて死ぬためにあるのか?本当は正々堂々の勝負を望む奴じゃあねーのか?」
「正々堂々…か。それが出来れば本望。しかし私はただの無力な魔族だ…人間に利用されるだけの…無意味な知性だ…」
はぁー、と、アークズは大きくため息をついた。
そして自分の頭を、コンコン、と親指と人差し指で叩きながら言う。
「逆らうために知性を使え。お前の頭は、お前が思ってるより立派なモンだ」
アークズはそこまで言うと、尋問もやめてオオガキの方へと歩き出す。
後ろから声がする。
「取引は…どうした…」
「ただの操り人形に興味はねー。次はてめーの意思で、全力でかかってきな」
そして、それきり。
アークズは振り向きもせずに、戦闘中に離れた距離を広場の方へ歩き去る。

ライカンスロープは、今の自分の有様を見て、過去にも同じことがあったと思う。
「あの時は、全力で闘い敗れたな…」
残された獣は仰向きのまま、己の過去を思い出した。



「よう相棒、まだ生きてるか」
オオガキが自分の傷を処置していると、戦闘を終えたアークズが言いながら戻ってきた。
「相棒になった覚えはねーぞ、ピンピンしてっけどな」
アークズはオオガキの傷を見ながら、
「ま、双方とも大した負傷がなくて良かった。まだ一戦目だしなあ」
「…なあアークズ…必要ない戦闘は避けて、ボスだけ狙うって言ったの…誰だっけ…」
「……」
「……」
二人とも、しばらく沈黙した後、
「「は、ははは」」
同時に苦笑いをこぼした。
「ま、まあ戦闘となると抑えきれないのはジャイアントの性だからな、仕方ないだろう」
「ジャイアントの性っつーか…バトルマニアの性だなあ。俺も、敵を前にしたらすっかり忘れてたよ」
敵。という単語を改めて口に出して、オオガキは思い出す。
「あれ?敵は三体…それと別に遠くに一体…じゃなかったか?」
「ああ、途中襲いかかってきたら返り討ちにしようと思ってたんだが…未だに動いていないようだな、そこの、茂みから…」
アークズが言いながら茂みを指差した、次の瞬間。
茂みから飛び出す、敵の体は白く、背中に樽のようなものを背負っていて…、
「自爆特攻型かッ!」
一瞬にしてオオガキとアークズの至近距離へと飛び込んできた。
迎撃の拳などは関係ない。こいつは、敵もろともに自らを爆散させる気なのだから。
それを察知したアークズは、攻撃することをしなかった。
そして、モンスターは爆発した。
オオガキは、アークズの巨体の後ろにいたためモンスターの姿は見えなかったが、アークズの目の前で爆発したということはわかる。

青いローブが焼け焦げながら吹き飛ぶのを、オオガキは目の前で見た…。

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stage 2-21 前夜

アルベイ突入15分前、バリダンジョン。
オオガキ、アークズ、エイジの三名はそれぞれが万全の準備を整えて集まっていた。
エイジが言う。
「よし、もうすぐ0時、それと同時に突入する。っていっても、これを祭壇に落とした後のことはどうなるか知らないけど」
それに対しオオガキ。
「どうなろうと問題ないさ、敵がいれば倒して進むし、いないなら倒さず進むよ」
続けてアークズ。
「ああ。それで奴らのボスを叩くか、奴らの『創造中』のグラスギブネンを叩くか。雑魚は後でどうとでもなるから戦わなくてもいいな」
オオガキがその方針に頷くと、エイジは意外そうな顔をした。
「二人とも現場主義みたいだから細かい策は無駄かな。にしても意外だ、君らなら出会う敵全員倒して行くって言うと思ってたんだけど」
流石に脳までは筋肉で出来ていないらしい。
「まあ俺はジャイアントだし、人間より好戦欲が強いからな…強い敵を見て尚スルー出来るかはわからん」
なんて言いつつも、今の冷静さならば問題ないだろう。
エイジには報告する必要もないので言っていないが、先程の酒場での殺しが二人に命の脆さを再認識させていた。
「にしても、スバル達は間に合わなかったか。参ったね。まあ二人で頑張って。俺は途中でぬけるからさ」
エイジの言葉に、オオガキは頷いて、
「俺一人でも問題ないさ」
自信満々に言いきった。
それを聞いたエイジとアークズは何も言わず、口の角を少しだけ上げた。



偶然にも訪れたローランの死がオオガキ達にもたらしたのは、敵が減ったという幸運だけではなかった。
「キホール様、赤髪のローランが死亡したようです」
暗闇の中、タスクの声が響く。
「わかっている。奴は協調性のなさ故なにも期待していなかった。別にどうなろうと構わん」
「…確かに、奴が死んだというのは大した意味は持たないですが…、『我々の同胞』が死んだ、と言い換えればまた別の話。敵襲の可能性が出てくるのでは」
「……だからどうだと。降りかかる火の粉ならばはらえ。その為に貴様らがいる」
「了解しました。私の判断で幾人か動かしますが、構いませんね」
タスクの確認に対する、キホールの解答はない。つまりは、勝手にしろということだ。
(ああ、勝手にさせてもらうさ…。あんたの下でいつまでも動くと思わないことだ…)

キホールの側を離れ外に出たタスクは、こめかみに人差し指と中指を立てて当てる。
この動作は、指定した仲間とテレパシーで連絡を取る為のものだ。
基礎魔術の類ではなく、普通の人間には使えないし、タスク自身の能力でもないので、使える場所は『あの世』に限定かれている。
『あの世』にかぎっては、術者であるタスクの仲間が死、気絶、もしくは術者が能力圏外に出ない限り、指定した人物達、つまりはタスクとその仲間達は使用できる。
「エリーゼ、聞こえるか」
連絡先に指定したのは、金髪の少女、エリーゼだ。
「はぁい、何か用かしら?」
「敵襲の可能性がある。確か今日の零時から現世との通路も開くはずだ。門の辺りを警戒しておいてくれ」
「あらぁ、珍しいわね。敵はまだしも、あなたがそんなに警戒するなんて」
「ローランがやられた。その時の状況はわからんが、一応な」
「…あら…へえ…」
エリーゼは一瞬だけ同様の色を見せたが、すぐにいつもの調子に戻る。
「あの酔っ払い、飲み過ぎで死んだんじゃないの」
タスクもそれは思っていたのか、フッ、と笑った。
「現場を見てきたが、違うようだな。殺ったのは銀髪の青年らしい。門の開く直前のこのタイミングといい、おそらく」
「確かに怪しいわねぇ。オッケー、警戒しておくね。殺して構わないのよね?」
「ああ、構わない。運良く生き残った奴がいれば情報を聞き出そう」
「はいはーい、ところでタスク、あんたキャラかわってない?」
「…気のせいだろう。そんなことよりさっさと準備を」
「まぁ、いいけど」、というエリーゼの声を最後に、通信は途切れた。
「さて…」
門が開くまではあと十数分。
エリーゼならば問題なく迎撃の用意をしてのけるだろう。
その状況でタスクに協力できる事はない。
「茶でもいれるか…」



「今日の仕事はここらにしておくか」
ダンバートン、ヒーラーの家にマヌスの独り言が響く。
今日は患者もおらず時間に余裕はあったが、ヒーラーという仕事の性質上、緊急時に備えての資材の確認や、冒険向けの薬の調合、何より急患に備える為、マヌスは業務終了の時間を夜の11時ごろにしている。
「ウェリアムは…寝てるか」
(にしても、彼女はいつになったら出て行くのだろう、もう一月は経ったのだが。
オオガキからの連絡もないし、まあ出ていかないならそれはそれで、雑務担当だけじゃなく治療の仕事も出来るようになってきて有難いし構わんのだが…)

「…まぁ、いっか…」
マヌスは明日も仕事なのを考慮して、考えを打ち切り眠りにつくのであった。



スバルとマリーは、船の上にいた。
船はイリア大陸とウルラ大陸とを結ぶ航路を辿り、今はウルラ大陸へと向かっている。
二人はこの一月、イリアの広大な大陸の各地に点在する遺跡を巡り、散らされた魔術書のページを集め習得する旅をしていた。

何故ページがバラバラの場所に散っているのかというと、『その程度も集められない奴に扱える力ではない』という過去の魔法使いの教えの元、今も力試し的にページを集めさせる伝統が続いているのである。

「あ″ーつ″がれたー。誰だよこんな面倒な伝統つくった奴爆発しろ」
スバルが甲板の椅子に背を預けまくり後ろに倒れそうになりながら言う。
「まあまあ、力試しにもなってよかったんじゃない?」
マリーは隣の椅子に座りながら、スバルを覗き込んで言う。
「いやいや、最初から魔術書渡してくれればスグ覚えられて、その後に応用の訓練がいくらでも出来たっしょー」
「…でもそれじゃその技に頼りきりになって、いざという時に対処できないかもしれないじゃない?」
「いざという時…ねえ。マリーの援護射撃で敵を足止め、魔法のチャージ時間を稼げばほぼ一撃必殺だからなぁ。マナにさえ気をつければそんな時は来ないんじゃないかな」
「私がいない時に困るでしょ、それ」
スバルもそんなことは分かっているし、その時の用意はあるが、これまでの疲労と戦闘によって溜まっていく無意識のストレスで、なんとなく反論してしまっていた。
マリーもそれをわかっていたようで、休息を進言してきた。
「スバル、貴方疲れてるのよ。ウルラまで時間はあるし、寝てた方がいいんじゃない?」
一月も共に過ごせば、お互いのことはある程度わかる。
マリーの射撃も集中力を要するが、魔術師は常にマナを練りながら戦闘を行う。
使う集中力は弓使いと比べるべくもなく、疲れがたまるのも当然だ。
それを差し置いてもスバルは、マリーのことを強い子だと評価していた。
だから年下といえど対等に接することにして、戦いの粗を見つけた時は忠告ではなく進言をしたし、彼女の言葉も、同等の力を持つ相方のものとして聞いていた。
年齢や戦歴の差による上下関係は、二人の間に存在しない。
「そうだな…一旦寝るか。向こうについたらどうなってるかわからない、もしかしたら着いてすぐに出発、戦闘ってこともあり得るからな。マリーも休んどいた方がいいよ」
マリーはこくりと頷き立ち上がり、んーっ、と身体を伸ばした。
「じゃ、おやすみ、また明日」
マリーの挨拶にスバルもおやすみ、と応え、先に船内に入っていくマリーを見送った。

「明日…か…」
エイジは、一月でやると言った。
そう言ったからにはもう任務はやり終えて、出発の準備も出来ているだろう。
もしかしたら既に出発しているかもしれない。
もしそうだとして、スバル達にはエイジ側の状況を知る術がなくなる。
そこに行く為の道具、方法などは置き伝えてくれているだろうが、リアルタイムの戦況はわからない。
最悪、死んだ前提で動くべきだ。

そう考えるべきなのは分かっているが、スバルはその考えを頭から振り払った。
「ま、現場についてから判断するさ…不吉なこと考えてても仕方ない」
こぼれた独り言は、自分に言い聞かせているかのようだった。

時刻は23時45分。
オオガキ達の突入まで、あと15分…。

stage 2-20 Laurant

「調整が効くようになってきたぜ」
アークズと対峙しながら、オオガキが言う。
「ほーう?んじゃあ久々に、組み手じゃあない実践訓練といくか?」
「上等。組み手では体格差で不利だったが、スキルを使っていいなら、俺の勝ちは見えてるぜ」
「ふふん、うぬぼれの強い男だな。俺が負けるわけないだろ。いつでも来い」
そう言って、アークズが不敵に笑いながら構えをとった。
「へっ、お前こそうぬぼれんなよ!」
その声が終わると同時、オオガキの姿が消える。
「ファイナルヒットか…仲間になる者だからいいものの、敵がこんな技を使ってきたらゾッとせんな」
アークズが肩を回しながら、消えたオオガキの次の手を待つ。
「しかしッ!」
叫んだ直後、背後にオオガキの気配を感じる。
「ワンパターンすぎるぞッ!」
アークズが振り向きざまに、オオガキの気配を感じたところに拳を叩き込もうとする、が、
「いないッ!?」
「短絡的すぎるぜ!!」
声はアークズの背後、つまり振り返らねば正面の位置であったところから聞こえ、その後脇腹にオオガキの拳がヒットした。

「…やるねえ…」
アークズが、腹に手を当て振り返る。
彼らが本気でやり合う時のルールは、『確実に仕留められる位置からの攻撃』を受けた時に終了する。
今のオオガキの攻撃はアークズに一瞬早く察知されており、攻撃は通れど殺す事の出来ないタイミングだ。

「一瞬、俺の背後に出てきた気がしたが…幻術でも学んだか?」
「瞬間的な発動と解除を学んだんだよ。多少の発動なら体力もそれほど消耗しないしーー」
オオガキの姿が消える。
そして一瞬の後、
「そこか!ダメージで反応の鈍った脇腹付近だなッ」
オオガキの気配は、確かにその位置からした。
さっき同様のフェイントかもしれない。
しかし、今度はフェイントを仕掛けずに攻撃してくるかもしれない。
二択を迫られながら、これはいい戦法だとアークズは思う。
そして、装備したナックルに力を込めて、気配のする場に殴りかかった。
「残念…!」
アークズの殴りにいった位置と逆の方向から声が聞こえる。
またしてもフェイント。
しかし、その可能性を踏まえずにがむしゃらに攻撃するほど、アークズという男は単純ではない。
それからの動きは、勝ったと思い油断したオオガキの目では追いきれなかった。

気付けば一瞬のうちに、フェイントの位置を殴っていたはずのアークズの拳はオオガキの頭の真横に静止しており、それほどの速度のジャイアントの拳、アークズが止めなければ致死だったのも確実であり、オオガキは今回の負けを悟った。

拳を動かさず、アークズが言う。
「奥の手は先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て。昔知り合いだった者の言葉だ」
「へ、へえ…、そいつは確かにその通り…」
ほんの一瞬の出来事を遅れて理解したオオガキは、自分の頭が飛んでいた可能性を考えてゾッとしつつ、余裕を装って言葉を返した。

横から、パチパチと手を叩く音がする。
少し離れて見ていたレマサのものだ。
「アークズにアレを出させたなんて、かなり成長したね。ちなみにカラクリはわかった?」
「全然わかんなかったぜ、炎みたいなもんがチラっと、拳のあたりで見えた気がしたんだけどな…」
「見えたことから戦術を想像するのも重要なことだよ。ま、それはおいといて、終わったみたいだね、情報集め」

………



「この通行証をバリダンジョンに捧げれば、あの世、『ティルナノイ』って呼ばれてるとこに通じるよ」
エイジが、黒い通行証をヒラヒラさせながら言う。
食堂のテーブルの対面にはオオガキとアークズ、そしてエイジの隣にはレマサが座っている。
「宣言通りひと月で突き止めてくるとは、さすが」
レマサが言う。
明日で、みんなが別れてから一月が経過する。
「それほどでもある。で、スバル達とウェリは?」
エイジの質問にオオガキが応える。
「ウェリはダンバートンにいる。他二人は何処か知らないけど、そろそろ戻るんじゃないか」
「知らない?二人は共に行動してるのか?」
「おう、二人で新技会得に奔走してるよ」
エイジが、額に手をあてて、
「参ったな…。向こう側への扉が開くのは期間がある。いつもなら毎週土曜の夜らしいが、キホールの力の影響か、ここ最近は不安定らしくてな。しばらく開かなかったらしいんだが、それが今日の深夜、一月以上ぶりに開く」
聞いてる三人が、ほう、という顔で先を促す。
「おそらく、扉が閉じるまで…多く見積もって七日。今日からな。一刻の猶予もない」
そこでアークズが口を挟んだ。
「七日あるんだろ?仲間を招集して出発するには充分な時間だと思うが」
それにエイジは、
「ああ、行くだけならね。聞いた話だと、向こう側にはまともな食料も、食べられるような生物もほとんどいないそうだ。つまり、」
「扉が閉まって戻れなくなればアウト…」
レマサの呟きに応えてエイジは続ける。
「その通り。しかも次に開くのはいつかわからないときてる。さて、どうしたものかな」
時間がない中、皆が先のことを考える。
その中で口を開いたのはアークズだ。
「通行証は何枚あるんだ?」
「3枚。これ以上はてにはいなかった」
「…充分!それだけあれば考えるまでもなし!」
というアークズの言葉に、オオガキが続ける。
「ああ、考えるまでもないな。俺達は先にいくぜ」
エイジは二人を見ながら言う。
「何があるかわからない場所だ、万全を期して全員で乗り込んだほうがいいと思うけど」
対するアークズは、言う威勢良く。
「俺を誰だと思ってやがるのよ、そう簡単にはくたばらんぜ」
更に続けてオオガキが言う。
「別に…すっちー達がくる前に全部倒してしまっても構わんのだろう?」
それを聞いたエイジとレマサは、あまりの自信に吹き出した。

口元の笑いを腕で隠して、エイジが言う。
「まあ、どの道俺も先に行くつもりだったからな、一緒に行くか。レマさん、スバル達がきたら渡しといてくれる?」
言いながら、通行証の一枚を差し出す。
「りょーかい。ま、頑張って」
レマサが受け取り、それを懐にしまう。
オオガキが、
「れまっちは来ないのか?」
と聞くとレマサは、無表情で言う。
「ん?まーね」
「まあ無理強いはできねーよな…。とりあえず三人で…行くか!」
「それじゃあ一旦解散後、各自準備を整えた後、ムーンゲートが開く頃にそこに集合で」
エイジの言葉にオオガキとアークズは頷き、それぞれ部屋を出た。
「レマさんも必要なものがあれば言っておいてくれ、もしもの時、一人でこっちを守るのは楽じゃないだろう」
「んー…まあ大丈夫じゃないかな。そもそも君らが負けるとは思ってないしね」
「ま…当然勝つけど。そういうことなら俺ももう行くかな。また一週間かそこら後に会おう」
「うん、必ずね」
レマサの言葉を聞き届けて、エイジも部屋を出た。

残るのは、一人。



「ここかい?ここがいいのかい?ねえ?」
バンホールの街外れの酒場。
バンホールには二つの酒場があり、一つは至極全う、一般的な酒場だ。
そしてもう一つが此処。
浮浪者、不審者、荒くれ者達の溜まり場。
アル中にしてヤク中の集う無法地帯。

安酒を浴びるように飲み、娼婦を侍らせる男がいた。
「ぐぅあっはっはっはっは!いいぞお!やれい!もっと激しくだあああうううい!」
酔っ払いは呂律も回らぬ中、女に局部を踏みつけられ下品に笑う。

それを離れたカウンター席で横目に見る2人組がいた。
ジャイアントと人間、アークズとオオガキである。
「なんでこんな変なトコで待たなきゃいけないんだよ…」
オオガキが騒がしい店内で耳を塞ぎたいと思いながら、隣のアークズにぼやく。
「まあ、ここなら彼の名前を出すだけで無料にしてくれる、らしいからな」
彼、とはエイジのことだが、その事を伝えたエイジ本人は酒場には入らず、どこかに行ってしまった。
零時までの辛抱と、二人は我慢してその場に留まるが、そこで事件は起きた。

バタン、と扉の開く音。
入ってきたのは銀髪の青年だ。
黒い衣装で、腰には黒い剣。
青年は入るなり、確固たる足取りをもって酒場の奥へ向かう。
途中、一人の鉱夫に青年がぶつかった。
「おい、なんだ坊主、ここはてめえみたいなーー」
「退け」
青年は鉱夫に目もくれず、腰の剣に手をかけた。
「な、なんだよ、おめえ」
鉱夫は怯み道を譲る。しかし青年はやはり、一切鉱夫に目もくれず、酒場の奥、娼婦を侍らせた酔っ払いのもとへ向かう。
そして腰の剣を抜き、男を斬りつけた。
周囲の者は状況がわからずに硬直し、動けない。
銀髪の青年の、
「bon soir」(こんばんは)
と言う言葉と同時、男の身体から鮮血が噴き出す。
静止した店内、周囲に飛び散った液体は葡萄酒のように美しかった。

「なにモンだ貴様…んぐううあああッ!」
男が言う途中、青年が更に一突きしたことにより、男は叫び倒れた。
男が人生最期に聞いた言葉は銀髪の青年の、
「au revoir」(さようなら)
という静かな、恨みを込めた呟きだった。
青年は男が息絶えたのを見た後、さびすを返して走りだし、狂ったように笑いながら、そのまま走り去って行った。

青年が酒場から走り出て数秒後、各々が硬直から解放されて動き出す。
叫ぶ者、目を逸らす者、嘔吐する者。
それぞれの反応を見せる中で、オオガキとアークズは静かに店を出た。

「なんつー店だよ、最悪だぜ」
「全くだ、最悪だ」
二人して最低の気分に浸りながら、バリダンジョンに向かう。
門が開く深夜まで数時間あるが、どこかによる気分でもなかった。
バリダンジョンのロビー、二人して座り、言葉も交わさずに瞑想する。
偶然にも人の死ぬ瞬間を目の当たりにした二人の心は、沈みこそすれ、平常なコンディションの範囲内だった。
これから闘う相手に敵がいる可能性を考えれば、死を目の当たりにして覚悟を決めることが出来た上、この無言な時間の中で集中力を高める事が出来、被害者には悪いが全て吉と出ている。
オオガキ達はエイジがくるまで一切何も言わずに、精神を研ぎ澄ませ続けた。


この時の二人には知る余地もないが、殺された男は彼等の敵対することになる、魔族サイドの一員だった。
悪夢の異名を持つ男、名はローランという。
ローランはもともと人間同士の戦争の傭兵だったが、戦場で片腕と片目を失い、職も失った後に、魔族の側へと身を置いた。
ローランは片腕片腕を失っても、実力はかなりの猛者だ。
しかしついさっき、傭兵時代に襲った村の生き残りの、銀髪の青年に殺された。

青年はローランが泥酔していたから一撃で仕留められたが、そうでなければ勝つことは不可能だっただろう。
青年は泥酔時を狙って襲ったわけではない。あの状況だったのは、ただの幸運である。

どんなに強き兵士であろうと、相手の『幸運』という、それだけの要素に負けることもある。
たとえ物語の主人公であれ、その親友であれ、もちろん敵対する者たちであれ、その可能性はあるのだ。


オオガキもアークズも、死んだ男の事情など欠片も知らないが、あまりにも呆気ない人間の死を見て、ああはなるまい、と。それぞれが心に思うのだった。

stage2-19 ドルイドとサキュバス

「意外と普通の指輪だな」
指輪を日に掲げて四方から観察しながら、ケイゴが言う。
指輪を取ったら何かの仕掛けが発動、なんてことを想定して身構えていたが、特に周囲に異変はない。
そのまま指輪を眺めながら、張られていた結界の外へ出る。
と、半透明だった結界が音もなく消えた。
「…いつの間か降り止んでるな、雪」
指輪から目を離してみると、雪はいつの間にか降り止んでいた。
「あの雪は、その指輪から空間に過剰供給されるマナが、雪という形で消費されていたものですから。マナの供給先が貴方にかわって降り止んだのでしょう」
「過剰供給って……人間がそんなマナ流し込まれて大丈夫なのか?」
ケイゴが若干の不安を覚えて問う。
「短時間ならば。長時間もっていると危険ですね。私のように、人の形を保つために常にマナを消費している、などの事情があれば問題はありません」
ケイゴは、手の中の指輪を見やり、冷や汗をかきながら、
「へ、へえ、とりあえず渡しとくぜ、これ」
「…ありがとう。これで私はやっと、次に進むことができます」
「先…か。あんな姿じゃ街に出て聞き込みもできないもんな。人になれるのも夜だけだし…」
「ええ、ですが貴方のおかげで無尽蔵のマナを手にいれ、人の姿を保つことができる…さあ、指輪を私に。持ち続けては危険です」
「あ、ああ。……あれ…おかしいな…」
ケイゴは、差し出されたタルラークの手の上に自分の手をやり、握った指輪を離そうとする。
しかし、手が開かない。
「なんだこれ…手が開かねえ…ッ!」
ケイゴの言葉に、タルラークが焦りだす。
「ま、まさか…これが罠…ッ!この指輪は…周囲の者だけでなく所有者にまで取り付くのか…!!」
失礼しますよ!、とタルラークは叫び、ケイゴの腕を無理矢理に開こうとする。
が、
(邪魔だ)
どこかから響いた声と同時、ケイゴに殴り飛ばされて吹き飛ぶ。
「わ、悪い!腕が勝手に…」
ケイゴが慌ててタルラークに謝るが、タルラークもそんなことは理解しているし怒ってなどいない。
見るべきは先だ。この先の道。


指輪の魔力は、ケイゴの体内にあふれることによって、その身体を制御している。
指輪が周囲を魅了するのは、そこから溢れ出るマナに人々が触れる故だ。
つまり、人の形を保つことに常に膨大な魔力を消費するタルラークが身に付ければ、どちらの心配もなくなる。

(私が指輪を手にすれば全ては解決し、この後指輪に関する心配はなくなる…。しかし、どうすれば彼の手から引き剥がせるか…)
いまのタルラークは魔法が使えない。
ソウルエディットは特殊な技故に使えるが、攻撃には転用できない。
エディットでクマに乗り移り、人の形を得ているとはいえ、本当の肉体はクマであり、魔術回路はないのだ。
(魔法さえ、使えれば…)
なんて思っていると、目の前に突如、氷の塊が現れた。
「ッ…!?」
反射的に身体を横に逸らしたので、塊は足を掠っただけにとどまる。
氷塊の飛んできた先では、ケイゴがタルラークに向かって手を掲げている。
「まずい…目から光が消えかけている…。あのままでは完全に指輪に乗っ取られる…!」
こうなれば力づくの相打ちとなってでも取り返さねばならない、と覚悟を決めた時。

「またお前は死にかけているのか」
タルラークの背後から声がした。
同時、ケイゴの周囲に造られていた氷塊が、高温の炎によって溶かされる。
氷塊だけではない。その足場にあった雪までもが、数メートルの範囲に渡って溶け消えた。
タルラークがハッと振り向くと、しかしそこの人影はなく、ケイゴの方で、
「これは我らドルイドの聖遺物。返してもらおう」
という声が響く。
そしてどうやったのかケイゴの手は開かれ、指輪はそこにはなかった。
「その赤いローブ…そしてその魔法の実力は…まさか…」
指輪の力から解放されて倒れこむケイゴを床に寝かせて、男は振り向き、かぶっていたフードをとると、言った。
「久しぶりだな、タルラーク」
「貴方は…やはり我が師…マウラス…!」
三年振りの師との再開。しかしタルラークは感動など出来ない。
マウラスは以前邪神キホールと組み、タルラーク達に牙をむいてきたのだから。
そして恐らく今も、キホールの言でこの指輪を回収しにきたのだろう。
となればタルラークには太刀打ちする術はない。
しかし、マウラスは指輪をタルラークへと投げ渡してきた。
「…?どういうことですか」
「私はもうお前達の敵ではない。ここに来たのも独断で抜け出た故、気付かれんうちに戻らねばならん」
「…!やはり貴方は、最初からキホールの野望を阻止するために…!」
「それは違うな。私は本気で人間を滅ぼす気であったよ。しかし。しかしだ、運命とは数奇なものだな。あの絶望の中で、一番の希望を見てしまった」
タルラークは何の話をしているのかわからず、首を傾げる。
しかしマウラスは疑問には答えず、タルラークに背を向けた。
「私はもう行く。マリーのことを、守ってくれ」
「マリー…何故あなたがマリーの心配を……」
タルラークが言い終わる頃には、マウラスの姿は消えていた。
転移魔法でどこかへ飛んだのだろう。
「いまの転移魔法…私をキホールの攻撃から逃がしてくれたのは、やはり貴方だったのですね…」
転移魔法を使える魔術師などそういない。
マウラスは数年前のティルナノイで、タルラークを転移させ逃がした。
タルラークは、それを確信する。
しかしその裏では本気で人間を滅ぼす気という。
タルラークは師の思うことが理解できず、頭を抱えた。



指輪を手にいれてから一日。
タルラークとケイゴは、ダンバートンにいた。
タルラークは指輪の力を制御し、充満するマナの少ない昼間でも人の姿を保てるようになった。
マナで形を保てるようになった今、もともと使っていたクマの肉体はもう必要がないので、森に埋めて供養した。
食糧にもできたが、タルラークが生きながらえられたのはあのクマのおかげでもある。
せめて墓くらいは作ってあげたいと思ったのだ。

ケイゴには、昨日起きた一部始終を説明すると、
「うわあもう絶対その指輪触らねえ」
と、それだけで流されて、昨晩は森の中で睡眠をとり、ダンバートンの食堂で2人座って朝食をとった後、二手に別れた。
タルラークは、聖堂で知り合いの司祭に挨拶をしてくるというので、ケイゴはその辺で露店を見つつ暇を潰すことにした。

「おっ、この仮面いいね!」
ケイゴが、街のすみ寄りにある一つの露店で立ち止まる。
シートの上に並んだ品々の向こう、怪しい格好の男店主が、お面という言葉に反応した。
「その仮面に目をつけるとは中々のセンスあるね。その石仮面は太古に存在したアステカ文明の聖遺物あるね。被れば人間やめられるあるよ」
「えっ、この狐の仮面ってそんなスゲーもんなの?」
妙な訛りだし、胡散臭い露店商だと思いつつも、暇潰しに話に乗ってみると、露店商は顔をあげて、
「ム…そっちの仮面あるか。失礼したね。それはただの祭事用の仮面ある。しめて10000Gね」
「なんだ、やっぱただの仮面か。でもなー、ンー、イカすなーこのデザインは」
ケイゴが手にとっているのは、不敵な笑みを浮かべる狐の仮面だ。どこの祭りで使われるものかは忘れたが、ケイゴにも見覚えがある。たしかその時見た値段は、1500G程度だったはず。
「おいおい露店商、ちょっとボりすぎじゃあないかい?いくら俺がモンスターハンターって見た目でわかって、ハンターなら金を持ってるからってよー」
「仕方ないね。7000Gにまけとくね」
「まだ高いなぁー、俺が昔見た時は1500Gだったぜ?」
「これ限定品よ、そこまで安くできないね。5000G、ここが限界ね」
「よし、買った!」
「売ったね」
交渉が成立し、5000Gと狐の仮面を交換したあと、隣の石仮面が気になったので少し訪ねてみることにする。
「さっきアステカがどうとか言ってたけど、なんなんだ?コレ」
ケイゴが仮面を手にとって見てみる。
不気味な顔の造形をとった石の仮面だ。
「それを顔に当てて何かをすると、人智を超えたパワー手にはいるね。代償に日の光失うよ」
「吸血鬼にでもなるっつーのかよ?顔にあてて何すりゃいいんだ?」
「それは教えられないね。あなたの顔幸福になれない顔よ、使っても駄目ね」
「なんだそりゃ…客のことはもっと持ち上げた方が儲かると思うぜ?まぁ俺はこんなもん買わんが…じゃあな」
ケイゴが振り返り歩き出すと、すれ違いで、金髪の男がその店を見始めた。
耳にほくろが三つもあったので、物珍しさでケイゴはチラっと振り返ったが、相手は気付かず、ケイゴも特に興味があるわけではないのでそのまま歩き去った。



「よく人間の生活に馴染めましたね。サキュバス・クリステル」
聖堂の前、司祭の格好をしたピンク髪の女性に、タルラークは背後から話しかけた。
礼拝は昼からなので、聖堂の辺りにはタルラークと女性の二人しかいない。
女性は草木に水をやっていたが、その手を止めて振り返る。
そして、タルラークの顔を見た女性は、
「っ……!」
驚き目を見開いて、手に持っていたじょうろを床に落とした。
中の水が跳ねて足元にかかったが、そんなことを意識する余裕もないほどに、彼女は驚いていた。
「タル…ラーク…なの…?」
「ええ。ダンバートンに新しい司祭が来たというので特徴を聞いてみたら、魔族の知り合いに…貴方によく似ていたもので」
と、タルラークがそこまで言った時。
驚きの波が一通り過ぎ去ったのか、女性は一気に疑問をぶつけ出した。
「なんで…なんであんな重症で…何も言わずに出て行ったの…ですか…」
この話は、タルラークがキホールの手から逃れた後(マウラスの転移魔術により逃がされた)、何故かクリステルのいるラビダンジョンへ飛ばされ、瀕死のタルラークを治癒しようとクリステルが道具を取りに行ってる間、タルラークが姿を消した時の話だろう。
「私はドルイドだ。魔族の手を借りて生きながらえる。そんなことは許されないのです。私の心が許さないのです」
「命より掟…あなたらしいですね…。でも生きててよかった…、もう会えないかと思ってたから…」
「私の方も、できる事なら会いたくなかったのですが。貴方以上に魔族内部に詳しいものは知らないもので」
「相変わらず冷たいのね。私の気持ちには応えてくれないのに、私の力は借りようなんて」
いつの間にか司祭からサキュバスの頃の顔と喋り方に戻ったクリステルに言われて、タルラークは返す言葉が見つからない。前回通行証を手に入れられたのは、彼女の好意のおかげだ。
タルラークがどう返すか考えて黙っていると、クリステルが懐から、目的の物を取り出した。あの世への通行証だ。
「本当なら何も言わずに渡したいところよ?私と貴方の繋がりはこの関係だけ。それがなくなったら今度こそ、会いにきてすらくれないでしょうし」
今でも、クリステルはタルラークに想いを寄せているらしい。
「…何故あなたは、そこまで私に執着するのです。サキュバスの貴方なら、いくらでも他の男を相手にできるでしょう」
「…そういうことじゃないのよ。昔、ダンジョンで会った時にも言ったじゃない。他の男はみんな、私を倒し屈服させようとする。でも貴方は違うわ。研究という目的のための、邪魔なものとしてしか私を見ていなかった。新鮮な気持ちだったのよ」
「それだけですか?そんな気持ちなら何度も私と会ううちに冷めたでしょう」
「ああもう、本当に冷たいわね。それよ、その態度。そっけなくされるほど、私みたいな女は燃えてくるのよ」
タルラークは、はぁ、と溜息をつき、
「やはり私には魔族の思考は理解できないようです。そんなことより、その通行証に関する交渉をしましょう」
「交渉?どんな条件でもこれは渡せないわ。三年前は、研究のため、それだけが目的だったから渡せた。でも今は違う。流石に私の耳にも入ってきたわ。キホールの噂」
「…そうです、キホールはエリンを侵略しようとしている!だからこそ私は行かなくてはならないのです!」
「そうね。だからこそ私はこれを、渡せない。貴方が無駄死にしにいくのなんて見送れない」
「そうですか…わかりました」
タルラークが物分りのいい子供のように諦めて、クリステルは意外な顔をする。
クリステルが口を開こうとすると、タルラークが一歩踏み出し、手を差し出してくる。
「?」
意図がわからずにクリステルがその手を見ていると、その手が、クリステルの胸にーー、
「きゃっ」
胸に触れた。
戸惑い尽くした果てに、悲鳴とも喘ぎともとれる声が漏れる。
「今のうちに差し出した方がいいですよ。私も初めて故、加減が出来るかわかりません」
「なっななな、いきなりどうしたのよタルラーク…!」
淫魔と呼ばれるサキュバスともあろうものが、胸に触れられただけで同様していた。
「…貴方が差し出さないのなら、強硬手段で頂くまでです」
「き、強硬手段…?」
クリステルの頭の中で、初心な処女のような妄想が駆け巡る。
「いきますよ…!」
タルラークの言葉とともに、胸のあたりがじんわりと熱くなる。
その火照りは次第に身体中へと駆け巡り、
「あ、あっ…う…あんっ」
クリステルが声を抑えられずに喘ぎ出す。
「ちょっ…と…な、にを…ううんっ」
そんな二人の様子を、うっかり見てしまった者が一人。



「タルラークの奴が遅いから見にきてみたらよぉ~~、アイツ意外とプレイボーイなんだなぁ」
聖堂への道の曲がり角、そこの柱を通った時に、聖堂方面から怪しい声が聞こえてきたので、ケイゴは隠れて様子を伺った。
そして見えたのが、揉まれる司祭と揉むドルイドである。
「まあ知り合って二日だしな、まだまだ知らんことだらけだよな。見続けるのも悪い気がするし離れて待ってるか」
一人で言って、ケイゴはその場を離れるのであった。



「な…にっ、これ…!」
全身を包む快感が、次第に別のものにかわりつつある。
痛みだ。クリステルは、タルラークに何をされているのかわからない。
しかし、気付けば仰け反るほどの痛みを受け、快楽の喘ぎは苦痛の声へとかわる。
「タ、タルラーク、やめ…て」
言葉と共に、クリステルの手に握られていた通行証が床へと舞い落ちた。
それを見たタルラークは攻撃をやめ、通行証を拾い上げる。
タルラークの手が身体から離れて数十秒もすると、クリステルの身体の痛みは嘘のように消えてなくなっていた。

はぁはぁと息をするクリステルを見ながら、タルラークは言う。
「今のは、貴方の体内にマナを送り込み、過剰供給されたマナが行き場を失って暴走しただけです。私が手を離したのですぐに元に戻るでしょう。後遺症もありません」
「しかし私を襲うなんて、知らないうちに肉食系になっちゃって…ますます燃えてきたわ」
クリステルがまた何か言い出したので、タルラークは付き合ってられん、と、その場を去ろうとする。
目的の物は手に入れた。これ以上の用事も感情も、彼女に対してはないのだ。
「待ってタルラーク。それを取られた以上止めることは出来ないけど、いまゲートは不安定よ。次にあそこにいけるのは多分、一月近く後になるわ」
「…不安定…ですか。それほどまでにキホールの計画は進行している…。一月あるといっても、ここにとどまる事は出来ませんよ。時間はいくらあっても足りない。突入するまでの一月、万全の準備をしなくては」
クリステルはくすりと笑って、
「わかってるわ、あんな怪我でも私のもとからいなくなった貴方ですもの、私の世話になるわけはないわよね。いってらっしゃい、タルラーク」
「ええ、いってきます。今度こそ最後の別れになるでしょうかね。…一応、お元気でと言っておきましょう」
「…ええ。生きてればきっとまたどこかで会うでしょうけど。私の手からは逃れられないわよ」
それを聞いたタルラークは、クリステルから見えない位置で苦笑して、そのまま歩き去った。
残されたクリステルは、久々に、しかも逢えないと思っていた想い人に出会えた喜びを噛み締めて空を見上げ、一人呟く。
「また、逢えるわよね…。今度こ 会うときは…そよ風の中で話がしたい」

stage2-18 舞台裏の役者達

「おや、失礼。どうせならイウェカが昇ってから出てくればよかったのですが、正確な時間がわからないもので」
ケイゴの目の前で、クマから人間に姿をかえた男が言う。
服や髪は全体的に茶色っぽく、クマの時の姿を知っている者なら、その姿をなんとなく彷彿とさせなくもない。
「お、オオカミ男ならぬクマ男…!」
ケイゴが、冗談混じりに言う。
こんな唐突な展開でもさほど動揺しないのは、常に心に余裕を持つよう心掛けているからか。
「話が早くて助かります。わたしがクマになるのは昼間なので、オオカミ男とは逆ですが」
「昼夜逆転のクマ男ってわけね」
タルラークは、その表現に少し笑って、
「面白い例えです。…私のことより、今の自分の状況が気になるのでは?」
ケイゴは、そういえばそうだな、と思い出し、
「あんたとの衝撃的出会いのせいで忘れてたぜ。通りすがりのクマってわけでもなさそうだし、話を聞かせてもらえると助かる」
ケイゴの言葉を聞いたタルラークは、どこから離すべきか考える。
「そうですね…、…マウラスと…いえ、赤いローブの男と闘ったことは覚えていますか?」
聞いたケイゴは、「あ」、と呟き、思い出した。
「ああ、そうだそうだ、闘った…ってほどのもんじゃなかったけどな。防戦一方の末に、ガードごと吹っ飛ばされて気絶したんだった。そんで、あんたが赤ローブの爺さんを倒して俺を救ってくれたってワケ?」
「いえ、倒れた貴方を食べるフリをしてやり過ごしました」
「うへえー。なんともゾッとしない光景だなあそりゃ……まあ、なんだ、ありがとう」
と、そこまで言ったところで、タルラークの様子がおかしくなった。
「うッ……ぐ…」
膝をつき、右手で胸のあたりを抑える呻く。
「お、おい?大丈夫か?」
ケイゴが声をかける中、タルラークはローブから青い液体を取り出し、口に含んだ。
「はっ……はあ…ふぅ」
「……何、ヤク中かなんかか?あんた…」
「……人聞きの悪い…ただのマナポーションです」
「いや、ポーションも薬だし……」
タルラークは、さっきの悶えようが嘘のように、ケロリと立ち上がる。
「少し、場所をかえさせて頂けますか。私にとって人と話せる機会は貴重でして。……助けたから、なんて強制するつもりはありませんが、手伝ってもらいたい事があります」

それを聞いたケイゴは少し、いや、かなり迷った。
正直なところ、オオガキ達の事がかなり気になる。
襲われたのが自分だけとは限らず、他の仲間達がまだ襲われていないとすれば、早く知らせるべきだろう。
(でもまぁ、そう簡単におっちぬ奴らじゃねーか)

「おっけー。手伝うよ。あんたの身体に興味もあるしな」
「私はそういう趣味はありません」
「いや……。あ、手伝うかわりに、なんでそんなんになったのか教えてくれよ。俺がならないよう参考にするからさ」
「……こんな特殊な例は他にないでしょうし、聞いても意味はないと思いますよ」
「あらゆる事に備えれば常に余裕でいられるだろ?どんなに可能性が低くても」
タルラークは、それを聞いてもなお無意味な話だと思ったが、協力してくれるというのだから仕方ないと納得する。
「まあ、歩きながら話しましょう。目的地はそう離れていませんので」
言って、タルラークは歩き出す。
ケイゴも立ち上がり後に続く。
戦闘の傷は思いのほか浅いのか、特に痛みを感じることはなかった。
道を知るタルラークの数歩後ろにケイゴが追い付くと、タルラークは足を休めずに語り始めた。
「これは……わたしがこの身体になった理由は恐らく、貴方にも関係のあることです。いえ、理由ではなく原因ですね。我々はきっと、同じ敵を相手にしている」
「ほお?俺は友人のガーゴイル狩りに付き合っただけなんだけどなぁ、もしかして何か凄いのに巻き込まれてる?」
「ええ、それはもう、世界の命運がかかるような凄いものに」
タルラークの言葉は冗談にしか聞こえないが、その目は笑っていない。
「しかし、そうですか、貴方は本当に巻き込まれただけのようだ。これ以上踏み込まない方がいいのかもしれない。……やはり、村に戻りましょうか。お送りしますよ」
いきなり茶を濁し出したタルラークに、ケイゴは「はあ?」と言い、続ける。
「なあアンタ……あ、そういえば名前は?」
「タルラークです」
「俺はケイゴね。よろしく。んでまぁ、突然だが俺のモットー?っていうかな、まぁ生き方を教えてあげよう」
タルラークは、いきなり何を、という表情になりながらも、次の言を待つ。
「俺が求めるのは安定なのよ、何にも脅かされない、困らない、安定した日々」
「それなら尚更、関わり合いにならない方がいいですね」
「まぁ聞いてよ。俺は何事も経験だと思うんだ。一度経験したことなら、次から対処は容易になる。すると心に余裕がうまれるじゃん?経験と余裕があれば、ある程度のことは簡単に対処できる。つまーり、色んなことを経験してこそ真に安定した生活がのぞめるということよ。どうよ!」
「どうよ、と言われましても……。確かに経験はひとのレベルを上げますし、結果安定した生活にはなるでしょう。しかし今回の話の場合は別です、経験の『先』にいけずに生を終えるかもしれない、そんなレベルでの話です」
「そんなヤバイ話なのかよ……なら尚更行くしかなくなったぜ。俺の『経験』と世界の『安定』のためにな!」
タルラークはしばらく目を伏せ考え込み、やがて結論を出した。
「…行きましょうか。まずは私の目的の手伝い、頼みますよ」
ケイゴは薄く笑って返す。
「おう!」

「つーか、何でアンタはそんな、世界の危機なんかに立ち向かってんだ?」
「……。私は数年前、好奇心によって友人を危険に巻き込んでしまったのです…。ルエリとマリー、二人の友人を私の探究心で危険に晒してしまいました。一人はどうにか逃がしましたが、もう一人はどうなったか…。いえ、逃がした方も成功したかすら定かではない…」
タルラークが伏目がちに、唇を軽くかみながら言う。
「もしかしてそのマリーってよー、ピンクの髪のちっちゃい弓使い?」
タルラークが驚き、顔をあげる。
「何故それを!?」
「何故もなにも、ガーゴイル狩りに行く前に一緒に行動したからなあー、一日中だけなんだけど」
「無事だったんですね…よかった…」
タルラークが数年振りに友の無事を知り喜ぶ中、ケイゴが言う。
「お喜びのところ悪いが…彼女も多分、あんたと同じトコロに向かおうとしてるよ?そんな雰囲気だった」
「…そうですか。道はそう簡単にはわからないはずです…、しかし動きが悟られ敵に狙われる可能性もある…どうにかして止めたいところですね…」
「ま、俺の仲間と一緒に行動してると思うし、たぶん大丈夫。それより話の続きを聞かせてくれよ」
「え、ええ。そうでしたね、ええと」

その後目的地に着くまでの時間、ケイゴはタルラークの過去を聞いた。
ティルナノイのこと、謎の集団のこと、邪神キホールのこと。
それでも彼は闘う意思を覆さず、いい経験になるなこりゃ、とまで言ってのけた。
そして二人は目的の場所、シドスネッターの入り口に着く。

「おお、なんじゃこりゃ」
森の中に、木のない広場のようになった空間があり、そこの中央に柱が四つ。
その内側には石が敷かれている。
「ドルイドの聖地…というほどでもないですが、別の場所に続いている転移装置です。ここ以外から移動することは出来ません、何故か」
「…?転移装置って言ったらこの世界のどこかに移動するんだろ?なら陸路空路海路のどれかで行けるんじゃないの?」
「それが、どこにあるのかわからないんですよ。全くもって」
タルラークは言いながら装置にマナを流し込み起動させ、とりあえず行きましょうと言って石の円に立つ。
ケイゴが隣に立つと、柱がひかりだし、その光が目を閉じなければ耐えきれないほどの強さになった時、二人の身体は転移した。


「……さ、さむっ」
ケイゴが目を閉じたまま、両手で肩をさすりながら言う。
目を開けるとそこにあるのは、一面の雪景色だった。
「うわ、なんだここ。ピシスのどっか?」
ピシスとは、ジャイアントの住む雪国のことだ。
「その線で調べたこともあるらしいですけどね。ピシスにこんな土地はなかったそうです」
言いながらタルラークは、雪を踏みながら進む。
「私の目的は、この先に封印された『指輪』です」
「封印って…まさか番人とかがいて守ってるってんじゃないよな?」
「いえ。指輪を取ること自体はそう難しくありません。しかしわたしの身体では無理なのです」
「あ、そういやアンタの体質の理由聞いてないな。つーかマリーちゃん逃がしたとこまでしか聞いてないな。つづきはよ」
雪の降り続く雪原を歩きながら、再び過去の話を語り出す。
「マリーを逃がした後、我々は五分ともたず地に伏しました。キホールは高みの見物をしていましたが、部下のマウラスとモルガント、彼らの実力も並大抵ではなかった。倒れた私とルエリは、キホールの放った魔術によって消し飛んだ。そう思っていたのですが」
タルラークが腑に落ちない顔になる。
何故助かったのかは自分でもわかっていないらしい。
「次に目覚めたのは薄暗い森の奥。そして身体はダメージを受けすぎてほとんど動かせず、どの道助からないと悟りました。故に私は、自らの肉体を捨てたのです」
「肉体を捨てた…?そんなことが出来るのか?」
「ドルイドのみに許された秘術です。ソウルエディット…この術によって私の魂は、近くにいたクマの身体へ乗り移ったのです」
「へえ……でも人間に見えるけど」
「マナの力を受け借りて人間の姿へと変えているんですよ。変化形の魔術と思って頂ければわかりやすいかと。しかし、常にこの姿を維持するには、多大なマナが必要になる。そこで目をつけたのが…」
「その『指輪』ってヤツなわけね。して、どのくらいの効果なんだ?」
「言い伝えでは、無限の魔力を内包していると聞きますね。気づいてます?このシドスネッターにいる間、あなたも無尽蔵に魔力が湧いているはずです」
言われて初めて、自らの身体にマナがみなぎっていることに気付く。
「でもさ、そんな凄いアイテム、なんで誰も取りにこねーんだ?」
当然の疑問をぶつける。
戦争が起きてもおかしくないほどのレジェンド級ウェポンだ。
この世に特殊な武器装備はいくつかあるが、マナ無尽蔵なんて効果は上位に食い込むだろう。そして、魔術師なら誰もが、喉から手が出るほどに欲しいはずだ。
「理由はいくつかありますが、まず存在を知るものが少ないことが大きいでしょうね。指輪の存在どころか、この場所の存在を知り入れるのはドルイドとそれに関わるものだけです」
「ドルイド内で奪い合いになったりはしないわけ?」
「…。昔、一人のドルイド僧が指輪を奪い姿をくらましたことがありますが…。彼の隠れ家に選んだ村は、彼が来て数日のうち、村民がみな死に絶えたそうです。指輪を持った僧も含めてね」
ケイゴは息を飲み、タルラークがその理由を言うのを待つ。
「死因は殺し合い。僧も民も長も、互いに殺しあって死んだそうですよ。指輪を奪い合った痕跡も多々あります。しかし住民が指輪の効力を知るはずはない。わざわざ僧が言うはずがないですから。ならば何故、民たちは殺し合いなどしたのか」
正気の沙汰ではない。仮に指輪の力を村人たちが知っていたとして、魔術師同志が奪いあい争うならともかく、そうでないものまで皆死んでいるというのは異常すぎる。
「指輪には、周囲をそれほどまでに魅入らせる…いいえ、洗脳してしまうほどの力がある。だから、なんとか回収した他のドルイド僧たちは指輪を封印したのです。『ドルイド僧』を、弾く術式を施してね」
「なるほど、存在を知るのはドルイドだけだし、そのドルイドが触れなければ誰も持ち出せない、か。しかもそのドルイド達も、二回に渡るモイトゥラ大戦でほぼ死亡したと聞くしな……」
それなら誰も手にできる者はいない…そう思ったケイゴはしかし、気付いてしまった。
『俺』だ。俺なら手にできる。存在を知り、かつドルイドでない者。
タルラークは成る程、だから協力を頼んできたのかと。
「悪いがそういう話ならパスだ」
タルラークの顔を見て、告げる。
そんな話を聞いておいて、危険なものを取り出したくはない。
「……と、言いたいところだけどな…。あんたの事情も知っちまった。いいさ、協力してやろう。だが、目的を果たしてキホールを殺るか、指輪の魔力で大量の犠牲が出そうになったら、俺が奪ってここに戻す」
「……ありがとう」
タルラークは目を瞑り、それだけ言った。

「アレですね」
「あからさまにアレだなー」
二人の前、半透明な球状があり、その中心の台の上、指環が置かれている。
「なんてわかりやすいんだ」
「まあ誰も取りませんしね」
二人は数秒間指輪をみつめて、
「では、お願いします」
というタルラークの声で、ケイゴが歩み出す。
言われていた通りドルイド以外は弾かれないらしく、普通に球をすり抜け、指環に到達し、それを、手にとった。

~~~~~~~~
説明回でしたー
設定崩壊とかは仕様だけど矛盾があったら教えてください!
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アークズ

Author:アークズ
マビノギ的な小説はじめました。
でもマビノギじゃないかもしれません。
永遠の厨二病。黒歴史量産中。

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